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横浜地方裁判所 昭和27年(ワ)663号 判決 1963年3月07日

判   決

横浜市南区大岡町一八四一番地

原告

長瀬千代吉

右訴訟代理人弁護士

名趣亮一

井上綱雄

右訴訟復代理人弁護士

横溝善正

真壁重治

山本金造

同市中区伊勢佐木町四丁目一〇八番地

被告

川辺恭次

右訴訟代理人弁護士

神道寛次

右当事者間の昭和二七年(ワ)第六六三号借地権確認等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金三五〇万円及びこれに対する昭和二七年六月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金七〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実(省略)

理由

一、損害賠償請求権の成否について

本件土地を含む横浜市中区伊勢佐木町一丁目二四二四番宅地五七坪九合四勺が被告の所有するものであることは当事者間に争いがないところ、原告の本訴請求は被告がその責により本件土地賃貸借の履行を不能にしたので、よつて生じた損害の賠償をめるというにある。

そこで先ず原告の借地権の存否についてみるに(証拠―省略)によれば、原告は大正一二年項本件土地の北東側にあつた家屋を所有し当時本件土地を含む前記宅地の所有者であつた訴外玉生槌太郎よりその敷地を賃借していたが、その後右敷地の所有者が訴外玉生ハツに変り、更に昭和一一年被告名義となつたので、被告の父であり、被告の不動産の管理にあたつていた川辺正義と交渉の結果同人を通じて被告との間に右敷地につき期間二〇年の賃貸借契約を締結したこと、昭和一七年七月三一日原告は訴外保田一之より本件土地南西側にあつた同人所有の木造二階建店舗建坪六坪七合五勺を譲受けると共に同年八月中権利金三、〇〇〇円を川辺正義に支払つてその敷地を期間二〇年の約で賃借し、ついで前から所有の木造二階建店舗と前記譲受けの建物を取毀し、その両名の敷地である本件土地上に木造亜鉛葺二階建一部三階建坪一七坪五合の店舗を建築し従前に引続き鞄袋物の販売業を営んでいたことが認められる。

而して本件土地上の建物が昭和二〇年五月上旬強制疎開により取毀されたこと及び終戦後間もなく本件土地が駐留軍に接収され、その接収が昭和二七年六月二三日に解除されたことは当事者間に争いがない。

そこで次に右賃貸借の履行不能につきみるに、被告が接収解除当日に本件土地を含む宅地五七坪九合四勺を訴外安達元に賃貸しその引渡を了したこと当事者間に争いがないところであり、この事実よりすれば被告は本件土地を原告に使用収益せしめる意思がなく、かえつて故意に原告の使用収益を不能ならしめたことが明らかであるから結局被告は昭和二七年六月二三日その責に帰すべき事由により原告に対する被告の賃貸人としての債務の履行を不能ならしめたものと解せられる。

二、損害額について

そこで原告の蒙つた損害額につき検討するに、土地賃貸借契約の履行不能により賃借人の蒙るべき損害は通常当該土地の借地権の価額に相当する。ところで原告は本件土地の賃貸借は店舗兼住宅用の建物を所有する目的でなされたものであるから土地柄に相当な建物所有を目的とし若し契約期間中に法令によりその土地に堅固な建物以外の建物を所有することが出来ないことになれば堅固の建物を所有することを目的とする約旨の賃貸借であると主張するが、本件土地の賃貸借が期間二〇年の普通建物所有の目的のものであること前認定のとおりであり、たとえ法令により堅固の建物以外の建物の所有が出来なくなつたとしても、特別の法律の定めなき限り普通建物所有の目的の賃貸借が当然堅固な建物所有の目的の賃貸借に変るものではないから右主張は採らない。しかし本件土地が旧市街地建築物法(大正八年法律第三七号)第一三条にいう甲種防火地区に指定されていたことは当事者間に争いがなく、建築基準法(昭和二五年法律第二〇一号)附則第四項によれば右地区は同法第六〇条第一項の防火地域とみなされ、同法第六一条により同地域内においては延面積一〇〇平方米を超える建築物は主要部分及び外壁を耐火構造としなければならないところ、検証の結果によれば本件土地は横浜市内随一の商店街に面する土地であり、かかる土地にあつては当然敷地いつぱいに二階以上の構造の建物が建てられるものと認められ、然らば本件土地に建築される建物は耐火様式の堅固な建物でなければならないことになる。かかる場合防火地域内借地権処理法(昭和二年法律第四〇号)により従来の非堅固建物の所有を目的とする賃借権者は賃貸人と協議調わない時裁判所に借地条件即ち堅固な建物所有を目的とする賃借権に変更する等の裁判を求めることが出来るのであるから結局本件土地の借地権は堅固な建物所有を目的とする借地権と同一の価値を有するものといいうる。(もつとも本件においては前認定の如く昭和二七年六月二三日当時原告の有する借地権の残期間は数年或いは十数年にすぎないけれども、堅固な建物を所有することによつて賃貸人は契約更新拒絶につき大きな制約をうけるばかりでなく、仮に更新拒絶の場合でも賃借人は建物買取請求が可能なのであるから賃貸借残存期間の長短は賃借権の価値には影響ないものと解する。)而して鑑定人(省略)の鑑定の結果によれば昭和二七年六月二四当時の本件土地一七坪五合の堅固な建物所有を目的とする借地権の価額は一坪二〇万円の割合による三五〇万円と認められるので原告の蒙つた損害は右借地権の価額に相当する三五〇万円と考える。

三、相殺の抗弁について

次に被告の相殺の抗弁につき検討するに、被告が主張する自動債権は本件土地の占有者安達元が原告の違法な仮処分の執行により蒙つた損害のうちから被告が譲受けた五〇〇万円の債権である。そこで右安達元の原告に対する損害賠償請求権の成否につきみるに、原告が被告主張の如き仮処分決定を得てこれを執行したが被告主張の如き経過をもつて執行取消の決定が確定するに至つたことは当事者間に争いがなく、証人(省略)の証言によれば、安達元は本件土地を含む宅地五七坪九合四勺にビルディングを建てる予定であつたところ原告の右仮処分及び訴外浜野つるらがなした仮処分の執行のためそれらが取消されるまでその建築が出来なかつたことが認められる。又いずれも(証拠―省略)によれば、接収解除の日である昭和二七年六月二七日の午前九時頃右宅地を中区吏員の手を経て特別調達局より引渡をうけるや直ちに安達元が宮内建築事務所の訴外原敬次郎に依頼し土地の周囲に板塀をめぐらし被告主張の如き標識を掲げたことが認められるが、しかし他方前記証拠によれば、右板塀設置に際し境界を明らかにするためとは云え被告の代理人である川辺正義が立会つていたこと又(証拠―省略)によれば接収解除直前まで川辺正義は快よく原告が本件土地の賃借を続けることを承諾していたことがいずれも認められ、(中略)更に被告と安達元とは従兄弟であること当事者間に争いがなく、かかる事情のもとにあつては原告の土地使用を妨害するため被告が安達元と賃貸借を仮装し同人の名のもとに板塀をめぐらしたものと考える余地も充分存するのであるから、右被告主張の事実をもつてしても前記原告の仮処分執行等一連の手続に未だ原告の故意過失があるものとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠は存しない。然らば原告は安達元に対し何ら損害賠償責任を負担しないのであるから、その余の判断をするまでもなく右損害賠償請求権の存在を前提とする被告の相殺の主張はその理由がない。

四、結 語

以上の理由により被告は原告に対し、被告の責に帰すべき債務の履行不能による損害賠償金として三五〇万円及びこれに対する履行不能日の翌日である昭和二七年六月二四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて原告の被告に対する本訴請求は全て理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第一民事部

裁判長裁判官 高 橋 栄 吉

裁判官 小木曾   競

裁判官 井 上 隆 晴

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